黒猫陛下の書斎

「試筆」とは、試し書きのことではない。

自分のペンが転売されるのを、指を咥えて見ていた

年末に、メルカリに自分のペンが出品された。エクリドールのシャープペンシル、ローテーションの0.7ミリである。もちろん、自分で出品したわけではない。紛失して以降、メルカリに出品されることを予想して探していたら、ついに出てきたのである。

ローテーションを入手した経緯については、すでに記事にした。このとき、失くしたら最後、二度と手に入らないと最後に書き残したのが、呪いのように現実になった。

紛失したのは昨年10月である。仕事で、東京の展示会場を訪れていた。自分は展示者側で、ブースに来た客との話の内容を記録するために、私物のペンを使っていた。その日は最終日で、特に来場客が多く、不特定多数が入り乱れる状態だった。接客対応が終わって、記録を書いている途中でも、別の人から声をかけられたら、当然そっちを優先する。たった数分とはいえ、ペンを机に置いてその場を離れてしまった。ペンはその時に盗まれてしまったらしい。

戻ってきてペンがないことに気が付いたとき、最初はかなり動揺して、ペンのことが頭から離れず、仕事をしながら探し続けたが、さほど広くもないブースのどこにもなかったので、やがて状況が理解できてきて、誰かが持っていってしまったのだろうという認識にはなっていた。自分で使うために持っていったのか、それとも売ってお金にするために持っていったのかはわからないが、もし後者なら、メルカリに出るだろうとは睨んでいた。その読みは当たった。

自分の所有物が許可なくメルカリで販売されたとき、法に基づいてそれを取り戻すためには、警察へ盗難の被害届を出していることが前提条件であろう。それなしに、いくら自分の物だと主張したところで、何の効力もない。しかし、自分は盗難の届け出を出していなかった。なぜか。そもそも、見つかったときに、それが自分の物だと証明することが困難なためである。世界でただ1本のペンではないし、名前を入れてあるわけでもない。

結局、どうしても取り戻したければ、買い戻すしかなかった。当初の出品価格は3万3333円。希少性や思い入れを考えると、払えない額でもないが、結局自分は払わなかった。自分が買わなければ、誰かが買うかもしれない。誰かが買えば、いよいよ本当に取り戻せなくなる。それでも、それを了承したことになる。仮に取り戻せたとして、今まで通りの愛着を持ってそれを使い続けられるかと問われると、心のどこかで萎えた部分があったからだ。

そもそも本当に自分が紛失したものなのか。もう手元に戻らないとしても、それだけは確かめたいという思いがあった。エクリドールのペンシルで、ローテーションの0.7ミリは本当に少ない。海外から輸入してまで買ったのもそのせいだ。具体的に、自分の物だと思える特徴がある。1つめに、天冠が旧式デザインであること。2つめに、キャップの根本部分に白い汚れがあること。自分の持っていた物は、キャップが緩くて勝手に取れてしまうことが何度かあったので、本体の同軸との隙間を埋めるために、キャップの下半分にガムテープを小さく切って巻き付けていた。白い汚れは、それを剥がしたときの粘着物の汚れではないかと思う。3つめに、芯が出る先端から1cmほど上のところに、小さな斑点があること。自分の物にも、同じ場所に、汚れか傷かはわからないが、いつもその斑点があった。これらが一致していることから、自分の物である確率は高いと判断した。

とはいえ、確実に自分のものだという証拠はない。もし自分の勘違いで、他人に濡れ衣を着せてしまったら大変なことになる。自分はあるアクションを起こした。その結果、疑いが確信に変わる出来事が起こる。起こしたアクションというのは、出品者にコメントを送ることだった。自分はこう送った。

「突然恐れ入ります。本出品物は、旧式の天冠も含めて、私が昨年紛失したものと特徴が一致しています。ご説明によると、2025年7月21日に新品を箱無しで購入されたということですが、具体的にどちらの店舗でしょうか?」

自分が怪しいと思ったのは次の3点だった。まず、2025年7月21日に新品で購入したという点。ずっと前に廃番になったはずのローテーションのペンシルが、最近まで売られていたというところに疑問を抱いた。余程、人目につかない店で売られていたのだろうか。次に、新品で買ったにもかかわらず、箱はなかったという点。通常、箱に入っている商品を、箱なしで売っているのは不自然である。そして3点目、出品されたタイミング。自分が紛失したのが10月で、出品されたのが12月末である。もし紛失前に出品された物であれば、自分のものではないと断定できるが、紛失後の出品なので、まだ自分のものであるという可能性が残る。

自分が質問したのは購入店舗についてである。出品者からの回答は思いの外早かった。

「購入した店舗はカルトレリアというところなんですが箱無しで購入したというのは間違いでした、箱はあります。一応購入時の写真を載せときますね」

やっぱり箱はあったと、説明が一転したことは不自然だが、この回答には2つの点で驚きがあった。1つは具体的な店舗名を回答してきたこと。もう1つは購入した商品とレシートの写真をアップロードしてきたこと。レシートの一部はモザイクがかけられていて見えないが、明細欄には「エクリドール」「ローテ」の文字が見え、レシートの日付もたしかに購入(したとされる)日と一致している。かなり強力な証拠に見え、自分も信じ込みそうになったが、実はとんでもないカラクリがあった。

レシートの店舗に電話をかけ、まずは単純にローテーションのペンシルの在庫を問い合わせたところ、「ありません」とのことだった。これはもちろん想定通りで、あくまで準備体操的な質問である。本当に聞きたかったのは、次の質問である。ローテーションのペンシルの、販売実績があるかを尋ねてみた。しばらく保留にされた後、回答があった。「ローテーションについては、昨年もボールペンの販売実績はありますが、ペンシルは当店で取り扱ったことがありません」との回答だった。もうこれだけで十分だった。

自分の推理はこうだ。出品者がこの店舗で、「エクリドールのローテーションの新品」を買ったのは事実だろう。ただしそれは、ボールペンなのだ。証拠写真には、ペンが赤い箱に入った状態で写っており、全体が見えないため、ボールペンかペンシルかは判別できない。その上、レシートは一部モザイクで加工されている。ここでひとつ言えるのは、ペンシルの箱は、あのような赤い箱ではない。形も違う。写真に映っている赤い箱は、六角形の窓が空いていて、中のペンが見えるようになっているが、画像検索してみると、どうやらカランダッシュの「849」シリーズが入っている箱のようだ。それに対し、ペンシルの箱は長方体で、真ん中から上にパカッと開くタイプのものだ。

ペンシルの持ち主を騙すには詰めが甘いと言わざるを得ないが、出品者はボールペンを買った時の写真を使って、あたかもペンシルを買ったように偽装しているわけである。とはいえ、普通の人ならこれで信じると思う。だからこそ出品者は自信ありげにレシートの写真までアップロードしてきたのだ。もっともそのおかげで、こちらは自分の物だという確信を得ることができたのだが、ほぼ時を同じくして、興味を持った第三者が出品者と交渉をまとめ、めでたく3万円ちょうどで「SOLD(売り切れ)」となった。出品者は「なるべく早めに売りたいので多少の値下げは受け付けます」と書いていた。盗品をできるだけ早く売り払って、現金にしたいという意味であり、やや正直すぎる感がある。自分が最初にお金を出して購入しておけば、取り戻すことはできた。まあしかし、これも自分で選んだ道である。

今となって、思うことが2つある。1つは、筆記具は盗んで転売するには恰好の対象だということだ。小さくて軽いので盗みやすい。筆記具はユーザーの裾野が広いので市場価値が高く、売りやすい。名入れでもしていない限り、所有者がわかりにくい。だからこそ、もう1つとして、高価なものはあまり不特定多数の集まる場所では使うべきでないし、仮に使うことがあっても目を離してはならない。

かなり気に入って使っていただけに、ローテーションを失ったダメージは大きい。ただ、その原因は自分にもあるので、今は過ぎたこととして受け入れている。後日談だが、手帳用のペンがないままだと困るので、以前から気になっていたコクヨの鉛筆シャープを買った。しかし、エクリドールの代わりにはならず、結局ローテーション以外の軸で、エクリドールを買い直すことになった。

次稿へ続く。