黒猫陛下の書斎

「試筆」とは、試し書きのことではない。

お気に入りの器について

お気に入りの器についてさくっと手短に書いてみた。

1. サーモスのタンブラー(JDE-340S)

2016年9月に、ヨドバシカメラで買った。価格は1510円だった。当時、保温・保冷機能を持つコップは持っておらず、しかしながら、家でコーヒーやビールを飲んだり、外でコーヒーを買って飲んだりするときに、あったら便利だろうと思っていた。買ってみた結果はその通りで、以来手放せなくなった。「器」として愛着を持ったのはこれが初めてである。

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自分はこの340mlのタンブラーが使いやすくて気に入っている。340mlというと、350mlの缶がほぼ丸ごと入るが、ビールだと泡の分嵩張るので、入り切らない分が少し多めに余る。ビール以外で氷を入れて飲む場合も同じだ。コンビニのアイスコーヒーは、セブンイレブンでいうとレギュラーサイズが氷も含めて全部入って丁度いいくらいになる。ホットコーヒーなら、ラージサイズが全量入る。これが、このサイズの使いやすいポイントだ。もちろん、容量不足を感じるときもある。500mlのペットボトルは三分の一くらい余ってしまうし、コンビニのアイスコーヒーもラージサイズは入り切らない。タンブラーの容量が500mlくらいあれば、飲み物が入り切らずに困ることも少ないのかもしれない。しかし、それでもやはり、この340mlには愛着がある。容量と持ち運びのしやすさが均衡し、丁度いいバランスなのが340mlなのである。実際に、400mlのタンブラー(これもサーモス)も時々使うことがある。たった60mlの差ではあるが、見た目や手に持った感じ、口を付けて飲み物を流し込む時に、数字以上の違いを感じる。自分には明らかに大きすぎるのだ。

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340mlのタンブラーと併せて、専用の蓋も購入した。サーモスは様々なラインナップを揃えているが、専用の蓋が使えるモデルはこれ以外に知らない。その意味でも貴重なラインなのである。密閉できるものではないが、持ち運びの際に埃などが入るのを防ぐことができ、また保温・保冷機能が少し高まる。また、シルバーのボディーにカラフルな蓋が付くことで、見栄えもよくなる。個人的には、アイスコーヒーを飲むときにはこの蓋はほぼ必須と考えている。理由は二つある。一つは、ストローを使うときにストローがぐらつかないよう固定できることであり、もう一つは、ストローを使わないときに氷が蓋によってブロックされるので、一気に口に流れ込まないことである。

2. ピーコックのステンレスボトル(AKB-20)

サーモスのタンブラーには欠点が二つだけあった。一つは密閉できないので飲み物を入れた状態で鞄には入れられないこと、もう一つはコーヒー一杯の量にしてはやや大きすぎることだった。これらを補うものとして2019年6月に購入したのが、ピーコックのステンレスボトルである。

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容量は200mlと最少クラスであり、コンビニのホットコーヒー一杯分がちょうどいい感じに入る。サーモス同様、真空二重構造で、保温・保冷能力に優れている。

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買うときに比較検討したのがタイガーのステンレスボトル「MMP-J021」だった。両製品は非常によく似ている。容量、保温効力、保冷効力、寸法、重量、部品点数を比較しても、全く同じか、ほとんど差がない。価格はピーコックのほうが若干安かったが、決め手にはなるほどではない。どちらも地元企業なので、余計に甲乙付けがたかった。強いて言えば、有意な差は二つあった。一つはデザインで、ピーコックのほうは蓋と本体の間にくびれがある。一方、タイガーのほうはストンとまっすぐになっている。これをどう捉えるか。もう一つは、飲み口の厚みで、ピーコックのほうは飲み口がうすはりグラスのように鋭く切り立っているが、タイガーのほうは丸みを帯びていて厚い。飲み口の厚みによって、飲み物の口当たりも驚くほど変わってくるのだが、自分は薄いほうが好みなので、まさにこの点でピーコックを選んだ。

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https://www.tiger.jp/product/bottle/MMP-J1.html

ところが、ピーコックのステンレスボトルは、思ったほど持ち歩いていない。200mlという容量から、少量のホットドリンク専用とせざるを得ないのだが、この量は、ほとんど数分で一気に飲みきってしまうことが多いのである。なので、わざわざ保温する必要性も低く、紙のコップでもそれほど困らない。そういうわけで、このボトルは家に置いたままになっていることが多くなった。とはいえ、200mlという思い切ったコンセプトは気に入っていて、実際、出張の際には重宝している。例えば新幹線に乗る前にコンビニでホットコーヒーを買ってこのボトルに入れておき、車内に入ってからゆっくりと飲む場合などだ。かばんに入れられるので移動中も手が塞がらず、なおかつすぐ飲まなくても冷めないところはありがたい。

3. 信楽ぐい呑み

数年前、陶器市に酒器を探しに行き、そこで出会ったある陶芸家から買った初めての作品がぐい呑みだった。彼の作品にしては手頃な値段のものだが、自分はどんな器よりも気に入っていて、終生大事にするつもりでいる。なんといっても見た目の美しさがドンピシャで、手馴染みもちょうどよかったのである。微妙に大きさの違う二口を番(つがい)で買った。

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自分はこの器をいつも手にとって眺めてしまう。使われている土は焼くと真っ黒に近い色になるが、火の当たり方によって、つまり表面温度の高低によって、赤くなったり、緑になったりする。そうして、黒・赤・緑の三色をベースに、それぞれが一部では互いに溶け合って美しいグラデーションを湛え、その上に乳白の釉薬が雲のようにかかる。釉薬に光が反射してぴかぴかと輝く様は表情も豊かで、見る角度によって印象もそれぞれだ。全く同じ器はこの世に一つとしてなく、一つ一つが材料、加工、自然環境の偶然が重なる一点につま先立ちしている。これは計算し尽くされた万年筆のペン先とは違い、狙った通りに作れるものではない。むしろ毎回サイコロを振るようなものだろう。だからこそ今目の前にある奇跡を大事にしたいと思うのである。

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買ったとき、「最初の一ヶ月は熱い番茶を入れて飲みなさい」と言われ、その通りにすると、白い釉薬に見事なひび割れが出てきて、さらに味わい深くなった。今は、主に茶と水を飲むための器として使っている。急須で煎茶や焙じ茶を入れて、この器で飲むとおいしい。あとは、日本酒のチェイサーとして水を飲むときにこの器を使うとぐっと雰囲気が高まる。

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翌年には、全く趣の異なる志野焼ぐい呑みを買った。同じ陶芸家の作品だが、それはそれで遊び心のある、面白い器だ。それなりの値段だったこともあり、桐箱付きだった。この箱も実は窯元や作家によって違いがあって面白いらしい。YouTubeでわかりやすく説明している動画*1を見つけた。

さて、畏れ多くも三個目の器を買ったとき「今度、遊びに来なさい」とお誘いを受けたので、後日、菓子折りを持って見学に行った。窯は住居のすぐ前に拵えてあり、窯の背景には山しかなかった。少し下ったところにはまた別の窯もあったが、そこは弟子が使っているらしい。中も見せてもらった。おびただしい量の作品が並べられていた。小屋の外に並んでいるのは失敗作なのだろう。作家が体力と精神力の極限まで焼き続けても、うまくできるとは限らない。薪を絶やさないよう、ほとんど眠らずに何昼夜もかけて焼き続けたのに、出来上がったものを見てすぐさま叩き壊すこともあるそうだ。それだけ多くを犠牲にする。自分などはもったいないと思ってしまうが、そこは芸術家の矜持であり、美意識なのだろう。

ガス窯も一基は見られたが、その他は全て薪窯だった。ガスは温度を一定に保つことが簡単らしいが、本当にいい作品を作るには薪窯でないといけないらしい。文明に頼って楽をすると芸術は生まれないのだな、としみじみ思った。

4. 曲げわっぱ

曲げわっぱは、陶器市の帰りに商店街で見つけて購入した。ただの木製の弁当箱にすぎないのだが、これが前々から欲しいと思っていた。結果は大満足である。

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容量としては、お茶碗二杯分くらいのごはんが入る。おかずを入れても構わないのだが、自分は白ごはんだけを入れる。おかずだけ、外で調達するのである。

木でできていることのメリットが三つある。まず、見た目がいいことである。オレンジがかった茶色の器に、真っ白いごはんが映える。これだけでおいしそうに見える。そして、木の香りがいい。ごはんに移る微かな木の香りが嬉しい。お櫃のごはんを食べているような気分になる。最後に、水分の調節機能がある。木は生きていて、ごはんの水分を吸収したり、吐き出したりする。だからごはんはべちゃべちゃにならないし、冷めてもおいしい。曲げわっぱを買ったとき、自分を呼び止めた売場のおじさんが、「弁当は米が冷めるので嫌がる人がいるが、冷めてもおいしいのが曲げわっぱだ」と言っていたのが今でも耳に残っている。湯気の立つごはんが一番おいしいのは間違いないが、曲げわっぱで食べるなら冷めていても我慢できる、というところはある。それも器への愛着ゆえではないかと思う。 

ワクワクする道具

ここまで、四つの器について見てきた。

サーモスの真空断熱タンブラーやピーコックのステンレスボトルは大量生産の工業製品だが、その機能性・利便性と価格の安さが特長である。対照的に、志野焼ぐい呑みは生産量が少なく、価格が高い上に、保温・保冷機能もないし、割れやすく、耐久性も低い。しかしその分、見た目の美しさや、世界に一つだけしかないという希少性、あるいは器を通して感じる作家の心意気や、長い歴史を感じられる。

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また、曲げわっぱのように、あえて昔ながらの道具を使うことの良さも再確認した。今どき、保温機能の付いた弁当箱も当たり前にあるし、何なら食べる直前に米が炊けるような弁当箱まである。そんな中で、曲げわっぱを使うことにより「不便をも慈しむ」という心が生まれてくる。それは、単に不便を我慢しているのではない。不便なところと、それを補って余りある美点を総合的に受け入れているのである。これはもちろん万年筆を楽しむ気持ちにも通じる。これを豊かさと呼ばずして、何と呼ぼうか。まさに文化そのものである。

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物に対する興味関心は人それぞれだが、自分は「器」というものに惹かれる傾向がある。このブログのキャッチコピーは「ワクワクする道具に囲まれた人生」である。一口に器といってもピンからキリまである中で、道具としての要件、つまり機能性をX軸とすると、Y軸にはワクワクするかどうかという、機能性以外の要素がくる。マルクス的に言えば、X軸が使用価値、Y軸が交換価値になるだろうか。道具自体の機能だけでなく、それらに向き合うときの自分の心のあり方にも目を向けながら、道具を選んでいきたいと思っている。