黒猫陛下の書斎

「試筆」とは、試し書きのことではない。

古典インクにある実家のような安心感

万年筆「カスタム74」に、また古典インクを入れている。7年前に74を手に入れ、初めに入れたのがペリカンのブルーブラックだった。それからしばらくしてパイロットの色彩雫を使うようになり、「月夜」「深海」「紺碧」と、しばらく染料インクの時期があったが、一番長く使ったのは紺碧だろう。今でも最も好きなインクの一つだ。渋い色の古典インクからの反動か、紺碧の鮮やかさはぐっと惹かれるものがあった。

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それでまた古典インクを使い出したのは、部屋の掃除中にペリカンのブルーブラックを見つけたことに端を発する。未使用で、店で買ったときの包装すら解かれていない状態で保管されていた。もはや死蔵といってもいいだろう。ラベルが旧デザインなので、もう随分前に買ったものになる。買ったときのことは割と記憶にあって、当時ラベルが変わると同時に、中身も変わって古典から染料になるという真偽不明の話があり、もし本当だったらやばいと慌てて買い足したのだ。結局、今の今まで開封することなく置かれていた。そのほか、全く同じインクがもう一本使いかけのまま残っていたし、ラミーの古典インクも一本残っていた。

古典インクをやめたのは、インクが入っているのに書けなくなったりするストレスがあったからだが、当時は古典インクのフローがあまりにも渋いからだと思っていた。今思えばコンバーター内でいわゆる「棚吊り」が発生していたからだろうと推測がつく。2020年3月に発売された新型のコンバーター「CON-70N」を使っている限り、その問題は起きていない。

やむなくブルーブラックから紺碧に変えたときの、冬が一気に夏になったような心の晴れようは筆舌に尽くしがたいが、じゃあその逆は気分が沈んだのかと言えば、そうでもない。久しぶりに使うペリカンブルーブラックの灰がかった濃紺は、色調こそ冬だが、紳士らしい上品さと、木のような温かみとを持ち合わせていて、それはそれでいい。

そして、耐水性があることへの、実家のような安心感がある。紺碧では書いた字をちょっと濡れた手がこするだけで、すぐにインクが伸びてしまった。手帳を遡っていくと、インクが伸びた箇所がいくつかあるのだが、ブルーブラックに変えてからはそれがない。自分の中では、再びインクを選ぶ際の基準に耐水性が大きなウェイトを占めてきた感がある。古典インク、古典インクと言い続けているが、なにも成分がどうのこうのといった理由で古典インクを使っているわけではない。この色で、耐水性のあるインクといえば古典インクしかないから選んでいるのだ。もし同じ色・同じ耐水性を持つ染料インク(*1)があるのであれば、それを選ぶだろう。ところが世の中のほとんどの染料インクは耐水性を潔く切り捨てており、ユーザー側も特別にそれを不便に感じている気配がない。

あるいは、思い切って顔料インクに手を出す必要があるのかもしれないが、顔料インクはまだ色の種類が少ない上に、ドライアップしたときのメンテナンスコストが高い。

耐水性も、紙との相性がかなりある。ダイソー情報カード(No.739)で試した結果は動画の通りだ。左がペリカン古典BB、右が紺碧である。書いて数分した後、水を垂らした。結果としてどちらも水に溶けてしまったが、溶け方は紺碧のほうが明らかに激しく、垂らした水がみるみる青に染まっていく様子が見て取れる。ペリカンのほうは、もともと紙の白かった部分がほとんど汚れなかったことに注目したい。完全な耐水性とは言えないものの、一般的な染料インクとは明らかに一線を画するといえる。

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古典インクに変えてから、手帳に万年筆を使う機会はまた増えた。後で消したり書き換えたりする可能性のあるもの、例えば未来のスケジュールや、仕事のメモなどはシャープペンシルで書いているが、本や新聞の抜き書きや、ふと思いついたこと、人から聞いた話で覚えておきたいこと、読んだ本の著者やタイトルなどは万年筆で書いている。ペンシルより万年筆のインクのほうがコントラストが強くて目に入りやすい。

奇しくもラミーから一旦は消えた古典インクが復活したとの情報(*2)もある。古典インクは、時代遅れのインクではない。それに取って代わるものがないかぎりは現役なのだ。ペリカンのブルーブラックが気に入っているのでラミーの新製品を買う予定は現時点でないが、仮に復権の流れがあるのであれば歓迎したい。

 

*1 古典インクも染料インクに分類されるので、今日一般的に染料インクと呼ばれる、色彩雫のようなインクのことを指す。

*2 ビックリ!Lamy Benitoite (ベニトアイト) は古典インクだった!! - 趣味と物欲