黒猫陛下の書斎

「試筆」とは、試し書きのことではない。

色彩雫「月夜」から「紺碧」へ ― 仕事で使えるギリギリの明るい青

色彩雫の「月夜」を使いきった。万年筆のインクの話である。日記を遡ると昨年(2015年)の2月15日に買っている。だいたい10ヶ月かかった計算になる。月夜は噂に違わぬ、すばらしいインクだった。パイロットの色彩雫シリーズで不動の人気ナンバーワンだそうである。基本的には彩度の低い青(濃紺)だが、淡い部分に緑が混じる。言うまでもなく緑は青に黄色を足してできる色だが、夜空に浮かぶ月がその周辺だけを少しだけ明るくしたかのようで、まさに「月夜」というネーミングがお似合いだ。もともと色彩雫は「深海」「冬将軍」「霧雨」など絶妙なネーミングセンスが光る色が多い。しかし月夜はその中でもずば抜けている。いつかパイロットの開発チームの人に聞いてみたい。このインクは、初めに名前があって、それにふさわしい色を調合したのか。それとも、初めに色があって、そこから湧き上がるイメージに名前を付けたのか。前者の場合はブレンダーの技術とセンスが半端ではないし、後者の場合は名前を付けた人の想像力が詩人並みだということが言える。

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初めは染料インクということで遠慮していた。インクには何よりも耐水性を求めていたからだ。だからこそラミーのブルーブラック、ペリカンのブルーブラック、ダイアミンのレジストラーズインクと古典インクばかりを使い続けてきた経緯がある。染料インクに切り替えたのは、改めてフローの違いに気がついたからだ。一度染料インク、とりわけ「シャバシャバ」だと言われるパイロットの染料インクに慣れると、明らかに古典インクは「渋い」。ペン先が紙に引っかかる感じがどうしても拭えず、ストレスが溜まる。インクの出てくる量が違うため字の色も最初とまるで違うし、この様子では耐水性を犠牲にしても染料インクですらすら書けたほうが良い……ということで、古典から染料への切り替えが起こった。それが月夜を買った2月のことだった。月夜を買った後、古典インクの使用頻度は「時々」になった。やはり郵便物の宛名書きなどは染料インクではどこか心許なく、つけペンの要領でダイアミンのレジストラーズインクを使ったりする。月夜がわずかの水分にも過剰に反応して伸びまくるのに対して、レジストラーズインクは蛇口の水をダイレクトでぶつけ、その後指でごしごしこすっても、びくともしないのですごいとしか言いようがない。

  

 

さて、そういうわけで色彩雫の「月夜」を使いきった。半分になった時点で、次はどうするかを考え始めていた。このまま月夜を常用としていくのも全く問題ないが、まだ気になるインクがないわけではない。飽き性と言われたらそうなのかもしれない。候補はペリカンのエーデルシュタイン「トパーズ」、同じくペリカンの4001シリーズ「ターコイズ」、パイロットの色彩雫「紺碧」「天色」など。店に行って実際に書いてみるのが一番良いのだが、そこまでなかなかできないので、とにかくいろんなブログと、YouTubeに上がっている動画と、趣味文を参考にしてどれがいいか考えた。参考にさせてもらっておいてこういうのも何だが、ブログや本に載っている写真はあまり参考にならなかった。露出、照明、使用機材などによって写り方が全然違うので、あっち(の情報源)ではかなり明るいのに、こっちではかなり暗い、ということが多々あり、逆に混乱してしまった。その点、YouTubeに上がっている動画では、アップロードした人が違っていても割と同じ色で、信頼できた。今後、万年筆のインクの色を悩むときはまずYouTubeで検索するようにしようと思う。とはいえ、視覚的な部分以外ではやはりブログの情報量が他を圧倒していて、まだまだ切り捨てることはできない。今回、例外的にとても参考になったのは以前から好きで読んでいるブログのこの記事。

 

ちゃんネルDays: ブルートパーズ色のインクを使いはじめました。(エーデルシュタイン トパーズ)

 

パイロットの天色と並べて書いているのが大変参考になった。いや、今「ブログや本に載っている写真は参考にならなかった」と書いたばかりだが、同系色のものと並べて見せた場合は全くこの限りではなかった。ほとんどの人が任意の色を軸にして、「あれよりももうちょっと明るい色」「もう少し青寄り」「あれに近い色」というように、イメージする色を相対的に捉えているのではないかと思う。であるならば、同系色を並べるのが一番わかりやすいにきまっている。この記事で「トパーズはほぼ天色と同じ」ということがわかり、さらに別のブログでペリカンターコイズもこれと同じくらいだとわかったので、より青が強い「紺碧」が一気に最有力候補になった。その後、YouTubeで紺碧の色を確認し、購入に至る。

 

 

「開封の儀」めいたことはやらないが、色彩雫のパッケージは瓶を含め、国産インクでは1、2を争う高級感。どこやらの情報では瓶が外注で製品としては採算がとれていないとか。あれだけ売れているので笑いが止まらないほど儲かっているに違いないと邪な考えばかり浮かんでいたのだが、そうではないらしい。むしろ瓶の生産が追いつかず、いつ値上げになっても不思議ではない状況のようだ。それでも価格を維持しているのは企業努力以外の何ものでもあるまい。ナガサワ文具センターの「神戸INK物語」シリーズは新年から1500円から1800円に値上げされる。インクがそれほど利率が低い商品だとは知らなかった。考えてみれば、5000円/50mlを超えるインクも複数存在する世の中、同量実売1500円以下という価格は非常に良心的だ。非常に似た色があって迷ったときに、価格、入手のしやすさ、品質を合わせて考えると、どうしても色彩雫に落ち着いてしまう。色彩雫にない色の場合は仕方がないが、色彩雫にも同じ色があるという場合、「色彩雫であってはならない理由」が俺には見つからない。

 

紺碧を入れたのは主力(というか唯一のスタメンである)カスタム74。実は年の暮れに仕事で使っているときにペン先を机にカチャンと当ててしまい、ペン先が少しずれた。年内に川口先生の調整を受けて書き味は取り戻したのだが、ペンクリに行くまでの間は使うのを自粛して、スーベレーンを使っていた。そこでまた思ったのだが、緑のスーベレーンとナガサワの「六甲グリーン」の相性は異常に良い。

 

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この組み合わせは過去記事で書いたが、今でもピンチヒッターとして不動のポジションをキープしている。しかし74が復活した今となっては、紺碧がメインのインクだ。紺碧も濃淡の出方は月夜と同程度。たいていのインクと同じように、ある程度太いペンに入れて使ったほうがより楽しめるだろうとは思う。絵なんか描いたりすると印象はより強くなる。

 

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紺碧は本当にフォーマルな書類には適さないが、それ以外の大半のシーンでは違和感なく使える優秀な色だと思う。個人的には、遊びの限界がこのくらい。これより明るい青になると、青は青でも水色の部類になってしまうのでNGだ。紺碧はやはり春夏の潮風薫る空の色がぴったりだが、秋冬の乾燥した冷たい空気の色と捉えるとこれもまた乙なもので、なんとか一年を通じて使えるものと期待している。

 

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紺碧とほぼ同じタイミングで、ルーペを買った。30倍と倍率が高いため、大きく見える反面、明るいところでないとよく観察できない。また、被写界深度が浅く、ミリ単位のズレですぐ被写体がボケてしまうほどだが、使い勝手がわかり距離感が掴めれば、何の事はない。まさに顕微鏡のごとく、ペン先に付着した紙の繊維まではっきりと見ることができる。写真に撮るのはなかなか難しいが、実際にはもう少し大きく見える。何か異常を発見したところで自ら調整するわけでもないが、ペンポイントの摩耗の具合や、ニブの細かな刻印をじっくり観察するのは楽しい。いろいろ遊んでいて面白いと思ったのは、ペン先をルーペで観察しながら、そのままティッシュをペン先に近づけていくこと。ティッシュがペン先に触れるや否や、インクがじわーっとティッシュに染みこんでいく。毛細管現象の不思議である。ちなみにルーペはアマゾンで620円と超お買い得。品質はまあまあだが、一つ持っていて損はない。

 

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2016年の手帳は、トラベラーズノート。マンスリーと無罫のノートを1冊ずつ入れて使っている。月夜同様、紺碧もクリーム色の紙と相性が良い。

 

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