黒猫陛下の書斎

「試筆」とは、試し書きのことではない。

伊東屋のペンクリニックでプロギア完全復活

何回目かのペンクリニックに行ってきた。具体的な回数はもう忘れてしまったが、5回以上、10回未満。万年筆の調整を無料で請け負ってくれる嬉しいイベントである。各大手万年筆メーカーには調整師たる「ドクター」が若干名在籍しており、大都市を中心に全国(ときには海外)を行脚しながら、万年筆の診断・調整を行っている。自社の万年筆のみならず、他社のものであっても調整を受け付けてくれるところが良心的。ドクターによって調整の仕方が異なる。自分好みの調整をしてくれるドクターに出会えたら儲けものだ。

 

今回の会場は伊東屋グランフロント大阪店。ドクターは宍倉さん。日本初の女性ペンドクターである。11時スタートとのことで、10:40頃に着いたのだが、なぜかもう始まっていた。受付の人に言うと俺は3番目で、その時2番目の人が調整を受けているところだった。待ち時間は5分となかった。会場がグランフロントの伊東屋ということで、けっこう並ぶのではないかと思って構えていただけに、拍子抜けした。

 

持っていったのはセーラーのプロフェッショナルギア。けっこう前から調子が悪くて使っていなかった。良くないとわかっていながらインクを入れたまま放置した時期があり、そのせいか書けなくなってしまっていた。もちろんインクを入れた直後は書けるが、それはつけペンの要領になっているからだ。書いているうちにニブの中のインクが全部抜けて、コンバーター内のインクが落ちてくるようになる。そうなると書けないのだ。古典インクを入れていた時期があったので、固まってしまったのかもしれないと思い、アスコルビン酸での洗浄も行った。洗浄後、古典ではなくて、染料インクを入れた。これで使えるだろうと思った。ところが効果はなかった。ドクターにその旨を伝えて、診断をお願いした。

  

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ドクターはA6ぐらいの紙に8の字を書きまくった。1枚がそれで埋まると2枚目も半分くらいそれをやった。だいたい1枚これをやると、調子が悪い万年筆は力尽きてインクが出なくなるのだという。プロギアもそうなるのかと思ったら、ならなかった。そこでドクターはペン先をぶっこ抜いた。改めて見ると、プロギアのニブはデカい。3号ニブのカスタム74を見慣れているのもあって、とても大きく感じる。どこか、値段以上の風格を感じた。ドクターの手元を見ていると、ニブを裏返しにしてインクの通り道を拭っていた。そしてスプレーで液体を吹きかけていた。これで洗浄ができたとのこと。想像通り、前に入れていたインクが通り道の先端のほうで、固まっている気配があった。自己流の洗浄では不十分だったということだろう。それをきれいに洗浄してやることで、たぶん大丈夫だと言われた。

 

心配していたニブのズレはなかったので、調整は短時間で終わった。高島屋で仲谷ドクターに診てもらったときはズレていたので、少し長丁場になった記憶がある。今回は洗浄と、ペン先の軽い研磨だけだった。切り割りの調整は川口ドクターにしてもらっているので、問題なかった。直接聞いたわけではないが、宍倉ドクターは川口ドクターの弟子だそうだ。宍倉ドクターも言う通り、川口ドクターは「フロー多めの調整をする」。「書き味が良いということは、インクがよく出るということ」という考え方を、川口ドクターは持っている。俺はその考え方に賛同していて、何度か川口ドクターのお世話になった。メーカー純正のインクを入れないのでいつもちょっと怒られるけど、本当は優しい職人気質の方なのだ。宍倉ドクターははじめからニコニコしていて、実に初心者向けのドクターである。ペンクリニックがマニア向けのイベントだと思ってビビっている人には、まず宍倉ドクターのクリニックを薦めたいところだ。

 

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書いてみた。さすがプロギアという細さである。ニブが21金だからといって特別に柔らかいというわけではないが、調整を終えて書いてみると、アホほど書きやすい。胴軸がやや短いのは、キャップを尻に付けたときにちょうど良くなるように設計されているからだ。俺はバックウェイト(=尻軸側にある重量)が大きいほど書きにくさを感じるが、プロギアは付けてもさほど苦にならない。いずれにせよ、持ち方は親指・人差し指・中指がネジ山に触れている位置がベストだ。万年筆は、ネジ山に指を置くと重量バランスが取れる場合が多い。重量バランスは万年筆の最も重要な機能であり、これが書き心地に直結する。単純に総重量が軽い・重いの話ではなく、持ったときにバランスが取れているかどうかが大事なのだ。店頭での試し書きを行う意義は、ニブの状態を確認することと並んで、まずここにある。

 

 

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プロギアは短い割に太く、全体的に見るとちんちくりんな形をしている。個人的にはデザインもさほど洗練されているとは思えず、むしろダサい。ギャップで落とすために、わざとダサく作ってあるのではないかと思えるほどだ。セーラーの良さはこういうところだなあと思う。今でこそ万年筆といえば最大手のパイロットだが、廉価万年筆の先駆けであるセーラーの「キャンディ」シリーズは累計1500万本というとてつもない金字塔を打ちたてている。カクノが2013年10月の発売から2014年9月末までの1年足らずで65万本を売り上げたことももちろん驚きだが、セーラーは発売2年足らずでキャンディを400万本売り上げており、時代が違うので一概には言えないとは思いつつ、セーラーのすごさを感じる。

 

パイロットのカスタム74が俺のベストであるという結論に変わりはないが、使う機会をもっと多くしたくなるような、そういう万年筆になった。